本日はISHIDA新宿4Fにて取り扱いのブランド、
【ジラール・ぺルゴ】(以下、GP)について紹介いたします。
昨今のラグスポブームの煽りを受け、
ロレアートの人気が急上昇したことをきっかけに
GPを知った方も多いのではないでしょうか。
そんなGP、実は様々な人物が関わって今の形になったブランドです。
そのうちの一人がジャン=フランソワ・ボット(1772-1837)
創業者として取り上げられている人物です。

彼は貧しい労働者の家に生まれ、
幼いうちに孤児となったそうですが
12歳のころから弟子として
彫刻師、時計師、宝飾師、金細工師の技術を習得してきます。
そして19歳にして初めて時計を作り、
1791年に工房を設立。
(この年をGPの創業年としています)
スイスをはじめ、ヨーロッパ・インド・トルコ・中国でも
時計や高級宝飾品を販売していきます。

薄型のポケットウォッチを得意とし、
有名な時計師の仲間入りをしたジャン=フランソワ・ボット。
「三銃士」で有名な作家アレクサンドル・デュマは彼の事をこう記しています。
「ジュネーヴで最もファッショナブルな宝飾店といえば、疑いもなく、ボットの店だ。女性の心をとりこにする、この無数の驚嘆すべき品々以上に豊かなコレクションは、想像するのが難しい。パリの女性の気を狂わせるのに十分であり、また墓の中のクレオパトラを羨望の思いで震わせるのに十分なものだ。」
↑いかに人気で注目されていたかがわかりますね。
そして彼がこの世を去った後、
子息のジャック・ボットが引き継ぎ、
ジャン=フランソワ・ボット社を設立しました。
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そして、もう一人の人物、
コンスタン・ジラール(1825~1903)
(ブランド名の由来になった方ですね)

彼はスイスジュラ山脈に位置する
ラ・ショー=ド=フォンで生まれます。

ラ・ショー=ド=フォンといえば
時計製造の街として2009年世界遺産として登録された、
いわば時計産業の中心地なのはご存知でしょうか。
18世紀末に起こった大火災の後、
計画的な再建もあって碁盤の目のように整備された街には
GPの他、タグホイヤーの本社や時計博物館などもあるそうです。
そんな時計にまつわる土地で生を受けた彼が時計師の道を志すのは
とても自然なことだったのかもしれませんね。
そしてコンスタン・ジラールは
時計販売業を営む一家の娘、
マリー・ペルゴと1854年に結婚し、
ジラール家&ぺルゴ家が力を合わせビジネスを拡大。
1856年、ジャン=フランソワ・ボット社を買収する形で
【ジラール・ペルゴ】を設立します。

(時計ブランドには珍しく
夫婦の名前がブランド名になっていて
とてもロマンチックですよね)
コンスタン・ジラールは
トゥールビヨンムーブメント構造の研究に没頭していきます。
そして、1867年にブリッジを用いた設計を考案。
時計製造史上初の
スリーブリッジトゥールビヨンが誕生しました。

1884年にアメリカで特許申請。
(※当時スイスには特許庁が存在しなかったため…)
そして、1889年、
トゥールビヨンポケットウォッチは
パリ万博博覧会にて金賞を受賞しました。

↑“La Esmeralda” 「ラ・エスメラルダ」
スリーブリッジはもちろんのこと、
ケースを彩る彫刻も美しいですよね。
実際、受賞理由として技術的な点と
美的な点の両方が優れていることから受賞したそうです。
この「ラ・エスメラルダ」から
着想を受けたトゥールビヨンウォッチは
現在でも販売されていたり、
GPのブランドロゴに
ブリッジのデザインが用いられていたりと
「ブリッジ」はブランドを象徴するアイコンになっています。

↑よくお客様に何のマーク?と聞かれることが多かったのですが
GPの歴史を知ればおのずと何を表しているのかがわかりますね!
今回はここまで。
次はマリー・ぺルゴの弟、
フランソワぺルゴの活躍について書きたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ジラールペルゴに興味をもった方は是非
ISHIDA新宿4階まで★
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