皆様、スタッフブログをご覧いただきありがとうございます。
ISHIDA新宿 水野でございます。
以前告知の記事をご覧いただいた方はご存知かと思いますが、
2025年9月より、1ブランドを中心に連続した記事で掘り下げる「連載」形式でブログを書くことにいたしました。
色々なスタッフが更新しているWebページですので、あくまで私(水野)だけに限った形式になります。
この記事の前に「前談」として記事を作成しており、今後はそちらをまとめページとして活用していく予定です。
また、Xで個人アカウントを運用しておりますのでリクエストや感想などはそちらから是非お待ちしております。
よろしければ合わせてご確認くださいませ。
では、9月のテーマであるジラールペルゴより連載①「稀代の起業家 ジャンフランソワボット」をご紹介いたします。
【1791年 ジャン=フランソワ・ボット創業】
フランス革命の真っ只中、スイス ジュネーブにて19歳の青年が創業しました。
ジラールペルゴの創業年を担っている、ジャン=フランソワ・ボットです。

ジュネーブは1789年までフランスのプロテスタントが多く集まって発展してきた一種の「国」でしたが、
フランス革命の煽りを受けてフランスへ併合され、物価上昇や情勢が大きく変化していた年でした。
家庭の後ろ盾や後押しがあった訳ではありませんが、ボットは12歳で工房にて徒弟修行を始め、
旋盤工・時計製作者・宝石細工人・金銀細工人といった技法を相次いで学び、19歳で独立を果たしました。
当時はマスター・ウォッチ・メーカーという時計師の親方の認定、8年間時計学校に通ってから創業することが常識だったそうで、
時計の仕上げという分野において一際秀でていたジュネーブで、ボットが創業したことは周りからはとても異質に映ったかと思います。
細かな部分は省きますが、
かつての雇用主だったジャック・ドーフィヌ・ムリニエが2年後の1793年にはパートナーとなり、
1820年代には300人余りの従業員を雇う、その時代の時計業界の中だと「大企業」にまで発展します。
1837年に生涯を終えるまで、彼の工房で作られていた時計は多種多様でした。
・香水が銃口から飛び出る、銃の形をした時計
・コインに収まる3.3mmの懐中時計
・彫りとエナメルを施した極薄の両蓋懐中時計
・「ジャンピングアワー」と「グランソヌリ」を搭載する懐中時計
ボット社の技術力を窺い知ることができますね。
【ボットのことが分かるエピソード「ヴィクトリア女王の来訪」】
時計好きならご存知のロンジン万国博覧会(1851年)は
パテックフィリップがヴィクトリア女王と夫のアルバート公へ時計を販売し、その名声を確固たる地位にした催しです。
ヴィクトリア女王初期の治世でボットの工房を来訪するエピソードがあり、
彼の巧みな手腕を称賛する女王に応えて、思わず女王様の肩を叩いて言葉を続けたそう。
ヴィクトリア女王が視察に来るほど評価されていたこと、
またその当時の国外への流通方法について話をしていたことから、
一時代を築いたボットへの評価とその人柄が分かるエピソードとして紹介されています。
【1906年、ジラール・ペルゴの歴史の一部に】
ボットの死後、息子のジャック・ボットが中心となってジャン=フランソワボット社を作りました。
その後は共同経営者の息子ジャック・サミュエルなど何名かのオーナーを経て、ジュリアン・ヘクトがボット社の最後のオーナーです。
1906年、友人で親族のコンスタン=ジラール・ガレに社を譲り渡し、ボット社がジラールペルゴの先駆けとなりました。
【起業家・経営者としてのボットに惹かれた】
教師をしつつ冬の期間を時計師として創業したジャン=ジャック・ブランパン、
織物職人の5人息子の末っ子としてジュネーブで生まれ、その地で創業したジャン=マルク・ヴァシュロン、
ヌーシャテル公国のブルジョワ階級の長男として生まれ、トップクラスの教育を受け創業したアブラアン=ルイ・ブレゲ、
そしてジュネーブで生まれ、12歳で時計の工房で働き、その経験を活かして創業したジャン=フランソワ・ボット。
どんな背景にせよ素晴らしいブランドであることは間違いありませんが、
私はボットに「起業家」としての魅力を感じ、表題のタイトルでご紹介させていただきました。
ブランドの名前である「ジラール・ペルゴ」が取り上げられることが多いですが、
これを機に「ジャン・フランソワ・ボット」もご周知いただけますと嬉しいです。
【ジラール・ペルゴの物語へ続く】
1854年に創業したコンスタン・ジラール。
今なおブランドの代名詞となっている「ブリッジ」を作り上げた彼もまた、起業家でした。
次の連載では「革命の起業家コンスタン・ジラール」をご紹介いたします。
【今後の連載についての予定】
前章でご紹介した通り、次はコンスタン・ジラールを取り上げます。
その後は妻のマリー・ペルゴの兄弟たちのエピソードを取り上げ、ロレアート関連のエピソード
最後にジラール・ペルゴの製造についての記事を書く予定です。
その後はより数字や世界情勢など、上記の記事を補完する形で記事を公開しますので、お楽しみの一助になりますと幸いです。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました
[ 参考文献 ]
・時の芸術家 / フランコ・コローニ
・BREGUET HORLOGER DEPUIS1775
・Girard-Perregaux Horloger par vocation
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