ISHIDA表参道 スタッフブログ

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皆様こんにちは。

 

ISHIDA表参道の佐野でございます。

 

本日はドイツ時計産業の聖地であるグラスヒュッテ時計産業の歩みについてご紹介致します。

 

■グラスヒュッテの時計産業の始まり

ザクセン王国南部、エルツ山地に抱かれた小さな村グラスヒュッテは、かつて銀鉱で栄えたものの、19世紀半ばには鉱脈の枯渇により深刻な貧困に陥っていました。
その状況を知ったドレスデンの宮廷時計師フリードリヒ・グートケスの弟子、フェルディナンド・アドルフ・ランゲは、政府に支援を求めて資金を確保し、1845年に若者たちを集めてこの地に時計工房を開設しました。

 

1843年にフェルディナンド・アドルフ・ランゲがザクセン王国政府に送った手書きの手紙

 

ランゲの志に共鳴した時計師たちが次々にグラスヒュッテに集まり、自らの工房を立ち上げることで、町は時計産業の拠点へと発展。
1851年のロンドン万博では、ランゲの時計が第1位を受賞し、グラスヒュッテ製の高品質な懐中時計が国際的にも高く評価されました。

その後、1878年にはモリッツ・グロスマンが時計学校を設立し、専門的な教育と技術研究の場が整備されます。
これにより、高精度な懐中時計をはじめ、クロノグラフや永久カレンダーといった複雑機構、さらには観測用のレギュレーター・クロックやマリンクロノメーターのような精密機器の開発が進み、グラスヒュッテはスイスと肩を並べる時計製造の中心地として確固たる地位を築いていきました。

 

ドイツ時計学校創設したモリッツ・グロスマン。

彼は1842年グートケスの工房でランゲと出会い、各地で修行を積んだ後1854年にグラスヒュッテに工房を設立。

1878年、この町にドイツ時計学校を開設した。

 

第二次世界大戦末期の1945年2月、芸術と建築の美で知られたドレスデンは、連合軍による大規模な空爆を受け、「バロックの真珠」と称された街並みは壊滅的な被害を受けました。
戦後、この地域はソ連軍の占領下に置かれ、やがてドイツ民主共和国(東ドイツ)の一部として共産圏に組み込まれることになります。

この新たな政治体制のもとで、グラスヒュッテの時計産業にも大きな変化が訪れました。
かつて独立していた時計メーカーは、すべて「GUB(グラスヒュッテ・ウーレン・ベトリーブ)」という人民所有企業に統合され、高級時計の製造は中断。
代わりに、大量生産向けの普及モデルが中心となり、一部は外貨獲得のため国外に輸出されましたが、その多くが東ドイツ製であることを伏せられていたとされています。

しかし1990年、ベルリンの壁崩壊とともに東西ドイツが再統一を果たすと、ドレスデンは再び文化・産業の中心地として復興を遂げ、グラスヒュッテにも転機が訪れます。
GUBは民営化され「グラスヒュッテ・オリジナル」となり、かつての名門「A.ランゲ&ゾーネ」は再び独立企業として復活。
その他のブランドも次々と再始動し、高品質な機械式腕時計が次々と誕生。
グラスヒュッテは、伝統を継承しつつ新たな黄金時代へと歩み始めました。

当店には現在、偉大な時計師の名を冠するブランド「モリッツ・グロスマン」やGUBを前身とする「グラスヒュッテ・オリジナル」の精巧な時計をご覧頂けます。

 

ぜひ当店にて実物をご覧ください。

皆様のご来店を心よりお待ちしております。

 

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